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2026/2/23 フェリーニの『青春群像』

  • yasujihp
  • 2月23日
  • 読了時間: 3分

 備忘のために。

 

 今日、新宿でフェリーニの『青春群像』を話してきました。朝カル新宿でのフェリーニはとりあえず冷温停止。それでもフェデリーコの作品は、横浜のイタリア映画名作シリーズや、立川の「ぼくのイタリア映画史」で取り上げることになると思います。

 それにしても『青春群像』あるいは『I vitelloni』ってこんなにも面白い映画なんだと改めて認識しました。今回はロータの音楽を追いかけながらも、じつはフェリーニ自身が音になみなみならないこだわりがあるところを掘り下げてみました。

 たとえば戦後のイタリアで一世を風靡したマンボのリズムの活用し、マンボが使われているシーン(冒頭のミスコンテスト、映画館、カーニヴァル、そしてレビューの舞台)などのロータ&フェリーニの音の使い方。それらのシーンは表面的には盛り上がるのですが、そのあとで、いわゆるポスト・フェストゥム的な哀愁が漂うわけなのです。

 それから10代のフェリーニが感銘を受けたというチャップリンの『モンダ・タイムズ』(1936)の名曲、誰でも知っている「ティティーナ」のテーマが密かな流用などは、ぼくとしてもささやかながらも、うれしい発見でした。なにせ『8½』だってチャップリンの『霊泉(The cure)』からの着想ですからね。

 もう一つ大事なことは、この映画は偶然撮ることになったものながら、この映画がなければ、のちのフェリーニらしい作品はなかったにちがいないという確信。なにしろ『青春群像』には、たとえば『カビリアの夜』、『甘い生活』、なによりも『8½』などの、いくつものシーンが先取りされているからです。

 これでフェリーニを一本ずつ追いかけるというプロジェクトは、ひとまず休止。秋からには某大学で半年フェリーニを話すのでその準備。新宿カルチャーでは、7月期に新しいイタリア映画の企画を立ち上げます。お楽しみに。


 以下、リーフレットの原稿を引用しておきます。

 

 この講座ではイタリアを代表する映画監督フェデリコ・フェリーニ(1920-1993)の魅力をさぐります。今回取り上げるのは1953年公開の『青春群像』です。
 映画監督となったフェリーニは『道』を構想していたのですが、なかなか実現しません。そこでエンニオ・フライアーノと相談して思いついたのが、「のらくら者たち」(i vitelloni)の物語。ひと夏の終わりから次の夏まで、観光客のいなくなった地方のリゾート(リミニ)で、大人になることを延期し続ける若者の姿を追ったこの作品は、世界中に配給されるヒットとなります。
 フェリーニが描きだしたのは戦後のイタリアにおける青春の終わり。アルベルト・ソルディ、レオポルド・トリエステ、フランコ・インテルレンギなどの名優が演じる若者たちの群像劇は、どうしてイタリアの地方都市というローカルなものでありながら、世界の人々を魅力したのでしょうか。実にイタリア的でありながら、なぜか普遍的な魅力を放つこの作品をご一緒に鑑賞したいと思います。(講師記)



 
 
 

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