このブログには、自分の仕事の告知をするつもりでした。ところが、Covid-19 のパンデミックがやってきて、すべてがリモートになって、個人的なことをやる余裕がまったくなくなってしまいます。そのまま2年ほど、ここはほったらかし。幸い、その間にもセミナーとか文章とかは書いたのですが、それをアップするのはまた今度。とりあえずは、今週の土曜に朝カルの立川で行う『イタリア映画を聞く、モリコーネとトルナトーレ』のご案内をアップしておきましょう。
モリコーネはこれで3回目なのですが、ようやくトルナトーレとの関係が話せるところまでこぎつけたわけです。しかも、イタリアで公開中のトルナトーレのドキュメンタリー『Ennio』もすごく評判がよいみたい。この映画きっと日本でも公開されると思います。ぼくもまだ観ていませんが、DVDは予約しました。今から楽しみです。
でもその前に、土曜日(4月30日)にぼくなりの「トルナトーレとモリコーネの関係」をお話できればと思います。リーフレットの文章を転載しておきますね。
エンニオ・モリコーネとその映画音楽についてお話しします。今回はその第3弾。「映画のための音楽」には多くの映画監督との出会いがありました。今回取り上げるのはジュゼッペ・トルナトーレとの出会い。『ニューシネマ・パラダイス』からは始まったモリコーネとの関係は、その後のすべての作品でますます強くなっています。純粋な映像とは何か、そして純粋な音楽とはなんなのか。ご一緒に探ってゆきたいと思います。(講師記)
追記。
3月26日の予定でしたが延期となりました。新しい日程は4月30日15時30分からとなります。モリコーネ&トルナトーレの話を、もう少し準備する時間ができました。お楽しみに!
追記2。
おかげさまで無事終了。ただ、イタリア映画祭の期間とバッティングしてしまったのが残念。ともかくも、昨年のヴェネツィア映画祭で上映されたドキュメンタリー『Ennio』の予告編を紹介からスタート。これはカメラ小僧で8ミリ小僧だったトルナトーレによる友人/作曲家モリコーネのドキュメンタリー。本国ではすごく評判になって異例のヒットというのに、日本公開は延期されたまま...
トルナトーレとの出会いは、『ニュー・シネマ・パラダイス』の「奪われたキス」というアイデアがモリコーネを魅力したこと。ところが当時、ジェーン・フォンダが力を入れて製作していた『私が愛したグリンゴ』を依頼されていて、そちらを蹴ることになったというエピソードなどを紹介。
それから『みんな元気』の面白さを、フェリーニやグエッラの存在を想起しながら話していると、気がつけば残りは20分ぐらい。最後は『記憶の扉』のドパルデューが歌う「記憶」の歌詞を紹介して、そこにモリコーネとトルナトーレが溶け込んでいるというような話に持ってゆくはずが、その前で時間切れ。
いはやは、モリコーネに絞って話すというよりは、トルナトーレに引っ張られてしまった感じ。ちょっと消化不良。そこで夏には横浜のカルチャーでリベンジを決意、いま企画を送ったところ。
今度は「トルナトーレの世界」と題して、彼の後期の作品もとりあげながら、トルナトーレ的なものを掘り下げてみようと思います。
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